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NHKの土曜時代劇「忠臣蔵の恋」が、1月14日の放送で第一部を終えた。
普通の忠臣蔵ドラマなら、ここで最終回である。映画でも連続ドラマでも、ラストシーンは大石内蔵助が最初に呼び出されて白装束で歩いていく姿に辞世の「あら楽し思ひは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし」がかぶって終り、大石の切腹シーンは無いのが普通だ。しかしこのドラマでは、大石に続いてヒロインの恋人である礒貝十郎左衛門の切腹シーン(ヒロインが託した琴爪の袋を最期まで身につけており視聴者の紅涙を絞る)、そして泉岳寺での埋葬シーン。
忠臣蔵ドラマは数多いが、四十七士の埋葬シーンはこれが初めてではないだろうか。原作でも印象的なシーンだったが、良く映像化されていて「人の死は綺麗事ではない」という三田佳子さん(仙桂尼)の台詞も心にしみた。
そもそも、このドラマはヒロインの立場から描かれているため、討入は出発と引き上げのみで、吉良邸での戦闘シーンが全くないという、きわめて珍しい忠臣蔵だった。ヒロインとその仲間たちが、ひたすら雪の中を吉良邸門外で待ち続け、ようやく笛が聞こえる…という展開もいっぷう変わった緊迫感があって良かったけれど、せっかく四十七士に配役された男優さんたちは、やっぱり少し物足りなかったのではなかろうか。

老年期に入り暇になってから大河ドラマは必ず見るようになったが、土曜時代劇は見たり見なかったりで、本作品は「忠臣蔵の恋」というタイトルがベタ過ぎるのと、ドラマが始まった時の朝日新聞テレビ欄のコラムで「トレンディードラマの要素が過剰なまでに満載」という評を読み、こりゃ、あのナンチャッテ大河ドラマ「天地人」みたいな忠臣蔵なんだろうと思ってスルーしてしまっていた。
ところが「御宿かわせみの世界」の管理人さんが掲示板に「一味違った忠臣蔵で面白い。若い俳優さんたちもしっかり演じてる。」と紹介して下さったのを見て、あわてて8回目から視聴。トレンディどころか、しっとりした正統派時代劇で、原作が諸田玲子さんだったことも初めて知り、これなら最初から見たのに!と残念に思った。ちょっと番組サイト等のぞいてみればすぐわかったのに、コラム評を丸呑みにした自分が迂闊だったには違いないが、少なくとも原作者のあるドラマは、原作者名を書くのがルールだと思う(怒)。
まぁドラマが半分進んだところで、お正月に総集編をやってくれたので、見逃したところも大体わかった。原作も早速図書館で借りて読んだが、原作に忠実に、かつ情感たっぷりに脚色されているのも好感が持てる。

さて来週からの第二部、後篇はいよいよヒロインが大奥へ、そして将軍世子の側室・次将軍の生母にまで上り詰め、浅野家再興と、流罪となった四十七士遺児たちの赦免に向けて動いていくことになる。原作を読まずに見ていた人は、ここでようやく「えっ、このヒロインがあの人だったのか! そういえば「おきよ」=喜世だったのか!」とびっくりするのだろう。

後に六代将軍徳川家宣となる甲府宰相綱豊の側室で七代将軍家継の生母:左京の方お喜世、後の月光院は、小説や大奥もののドラマに多数登場している。しかし一般に月光院といえば絵島事件との関わりで登場するので、忠臣蔵に絡めて書かれるのは珍しい。
2007年のテレビ東京正月時代劇(これも今年から無くなってしまったのが寂しい…)になった湯川裕光作『瑤泉院・忠臣蔵の首謀者』では、瑤泉院の周囲で働く一員として登場していた(ドラマでは吹石一恵さんが演じていた。この当時は、将来福山雅治夫人になるとは全く予想つかなかった。)が、四十七士の一人と恋愛関係にあったとする設定は本作が初だろう。

ただこれまで描かれて来た月光院は、共通して美女には描かれているが、あまり聡明な女性のイメージではない。聡明な女性は家宣の正室近衛煕子のほうで、それと対比される存在になっていることが多く、絵島事件との関係にしても、絵島を身代わりにして自分はのうのうと大奥で優雅な一生を送ったように描かれ、悪女とはいえないまでも、あまり共感を呼ぶ存在ではない。典型的なのが平岩弓枝作(1971)の短編『絵島の恋』(角川文庫『江戸の娘』所収)に登場する月光院だ。
平岩先生は大石りくを主人公に、討入り・切腹後の浪士遺族たちの人生を描いた『花影の花』という、吉川英治文学賞も受賞した名作も書かれている。非常に素晴らしい作品で感動して読んだけれど、大石未亡人のその後の生涯があまりにも苦労の連続で、描写が優れているだけに読むのが辛くて再読できない(-_-) この中にも「(月光院は)上様御生母として大層な権勢であると聞く。かつて、自分が召使った女中が六代将軍の寵を受け、七代将軍の生母となっていることを、瑤泉院様はどんなふうにお考えだろうかと、りくは思いやった。」とあり、わずかな行数ではあるが、昔の主家の苦境など忘れてセレブ生活三昧のようなイメージである。 

こうした中で、諸田玲子のドラマ原作は、月光院の名誉回復の作品ともいえる。
もう一つ、月光院を肯定的に描いたものに『花鳥』という作品がある。作者は以前にストファ図書館で紹介した、「江戸切絵図」のプロデューサー尾張屋清七のシリーズの藤原緋沙子さん。昨年文庫が出たが、単行本が書かれたのは諸田作品より7年ほど前である。こちらでは浅野家の奥方付女中をしていたのはヒロイン自身でなくヒロインの姉となっており、赤穂事件は背景として描かれるのみで、直接の関係はない。少女時代のヒロインが、若き日の綱豊と偶然の出会いをして(タイトルの「花鳥」は、その時のシーンが元になっている)、波瀾の人生をひたむきに生きる物語である。文庫解説が詳しくわかりやすいのが嬉しい。

 『花鳥』文庫解説にも言及されているが、若き日の六代将軍との出会いといえば、大御所杉本苑子さんの『元禄歳時記』がある。ここに登場する月光院(この中では「おきよ」ではなく「お輝」。『花鳥』でも「お輝」である)は、キャピキャピの江戸娘として好意的に描かれている。(ちなみに、湯川裕光作品のように、月光院を京都出身とする説もある)。
『元禄歳時記』には、新井白石・間鍋詮房・河村瑞賢・紀文など実在の人物に加えて架空の人物も多数登場し、同じ作者の奈良時代がテーマの『穢土荘厳』のような、作者お得意の曼荼羅群像劇で、出版されて間もなく読んでとても面白かった覚えがある。40年以上も前の作品なので内容はすっかり忘れてしまったけれど。ただこれは綱吉から家宣に代替わりした所で物語が終ってしまい、生類憐れみの令などの悪政が廃止されてめでたしめでたしのハッピーエンド。将軍在位たった三年で世を去ってしまう家宣や、幼い家継の死は描かれないので、最後まで明るく楽しい物語として読める。ドラマ化にもぴったりと思えるのに、全集にも入っておらず、文庫も絶版なのは何故だろうか(アマゾンで古書は買える)。

浪士たちのうち、大石・礒貝など細川家お預けだった面々については、世話役であった堀内伝右衛門という人が覚書を残していて、切腹までの日々をどう過ごしていたかがわかるらしい。この堀内さんも、ドラマに登場していた。
1月第一週にドラマの番外編解説のような番組も放映され、福岡県で礒貝家の子孫の方が神社の宮司をしておられて、その家に十郎左衛門の討入の時の刀や呼子笛、大石内蔵助から拝領の盃などが残っているのを見て驚いた。元禄と平成は近かったのだ! そういえば、坂本龍馬が暗殺される直前に書いた手紙とかいうのが最近出てきたというし、まだまだ埋もれている史料はたくさんあるのだろう。誰も知らずに埋もれているのもあるだろうし、世間に騒がれたくないと、関係者がずっと隠していて、ようやく陽の目を見るというものも多いに違いない。
月光院と忠臣蔵・浅野家との関わりも、これまで思われていたよりも深いらしいことがだんだんわかって来つつあると、研究者の方が言っておられた。

さてドラマ「忠臣蔵の恋」、昨年の第一部はほぼ原作通りだったが、第二部の大奥編は、やや原作を膨らませて脚色されるようだ。原作ではラストシーンに一行しか言及されていない絵島も、清水美沙さんが演じ(このドラマでは「江島」)、通説と違って江島のほうが上司としてお喜世を厳しく鍛えるらしい。清水美沙さん「シコふんじゃった」の頃に較べすっかり貫禄もついて、武井咲ちゃんとの競演が楽しみだ。
NHKは今後も、しっかりした原作をもとに、若手とベテランが共に活躍するような面白い時代劇を作り続けてほしい。

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忠臣蔵と月光院