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梅雨はどこへ行ったという真夏日が続くと思ったら早くも梅雨明けとか・・・皆様お元気でしょうか。
今月のお話は『水戸の梅』を選んでみました。『白萩屋敷の月』の中にある初期のお話ですが、この本には、表題作のほか、宗太郎さん初登場の『美男の医者』、NHKドラマにも登場した『恋娘』や『幽霊亭の女』があり、それらと比べると、ちょっと地味な話かもしれません。
ですが、このお話の中で長助親分に孫が生まれていますよね。
「長助も、いよいよじいさんか」
「男の児で、けっこう大きい」とあるので、これが長吉くんに違いありませんが、どうも、これより後の話で、「これまで女の子の孫はいたが、初の男の孫が生まれた」っていうのもあったような記憶があるのですが・・・


それはともかく、この『水戸の梅』は、殺人事件などもなく、あわや心中かという騒ぎはあっても無事に命を取り留め、その救命の決め手となったのが、水戸の梅を煮詰めて作った毒消しの薬ということで、冒頭の梅の実のシーンが単なる季節感だけでなく、重要な伏線であったことがわかる、巧妙な構成となっています。
そして、梅を煮詰めている土鍋に指をつっこんで梅をなめようとする、悪戯坊主な東吾さんなど笑える場面と、ラストシーンの庄兵衛とおまきが蕎麦を食べて雨の中を帰っていくシーンのようなペーソスあふれる場面が、うまくバランスが取れていますね。

「いったい、なにが面白くて生きているんだか、不思議な夫婦でございます」
という、家主の評も、昔読んだときは読み流していましたが、今読むと我が身を言われたような気がしないでもなく「それがどうした、ほっといてくれ」みたいな(笑)

ちなみに偕楽園の観梅で有名な水戸ですが、「水戸の梅」という銘菓もあります。しかしこれは、作中に出てくるような実を煮詰めたものではなく、白餡と求肥を赤紫蘇の葉でくるんだ甘いお菓子。京都の八ツ橋と同様、元祖・本家を競う数店によって同じ「水戸の梅」という名で販売されています。



ところで、気の強い女房の尻に敷かれて、一見気の毒に見える男だけれども、本人は案外幸せなのだという話は『麻生家の正月』の伊助さんもそうでした。庄兵衛・おまきと違って、伊助夫婦には子供たちもいて、しっかり育ってバリバリ家業を手伝っているのですから、夫婦の在り方として全く問題はなかった訳です。
伊助が気の毒という近所の声は、実は女房たちの焼き餅が本音で、実は互いに惚れ合っている良い夫婦ですよ、と見解を述べる長助親分の奥さん、まことに慧眼です。

そして『麻生家の正月』では、伊助夫婦にさんざん振り回された東吾さんがラストシーンでなんと宗太郎先生のイクメンぶりを目の当たりにして慨歎。今はすっかりおなじみになった男性の家事育児風景ですが、この作品が発表された平成元年頃は、まだかなり衝撃的だったんですね。
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かわせみ談話室 2018 6月
人工知能の話題が盛んな昨今ですが、「お能を演じるロボット」が登場したそうです。
「羽衣」の舞の一部を披露しているところとか。


https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00476753

人間のシテに比べると、ちょっと首のあたりが細いかなという感じもしますが、面と装束に隠れてるから、写真をパッと見ただけじゃ、ごく普通のお能上演写真ですねぇ。

それはさておき、先日の青翔会で能楽堂に行った時に、このシンポジウムのチラシを見つけました。



7月31日(火)午後2時より
国立能楽堂の能舞台で行われます。講演と座談会の間に、観世清和師の舞囃子「善知鳥」も見られて無料!
無料ですが(^◇^)申込制で全席指定。往復はがき(7月3日消印有効)で申込み。

さっそく往復はがきスタンバイしてますが、往復はがき1枚につき2名まで申し込めるということで、万一、ご一緒できる方があれば是非と思ってます。はがきは期限ぎりぎりに投函するつもりですので、ご希望の方いらっしゃいましたら、コメント欄でのご連絡お待ちしております!



国立能楽堂35周年シンポジウム


舞囃子「忠度」【喜多】 狩野祐一

おなじみ「行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし」
 
舞囃子「巻絹」惣神楽【金春】 村岡聖美

今回「惣神楽」というのは解説にも書いてないので、帰宅してから検索すると、これまでの青翔会にも出場あそばしている金春流の中村昌弘さんのブログに「総神楽とも書き、ごく簡単に言えば普段は途中から譜が変わるものを終わりまで神楽地で吹き切るというものです」と書いてあるが・・・普通は「譜が変わる」っていうのは、普通は出だしは神楽でも途中から神楽じゃなくなるけど、惣神楽だと初めから終りまで神楽、ということなのか? また「吹き切る」ということは笛の問題なのか? 「巻絹」の能は前に一回見たことがあり、そういえば神楽のような長~い舞があったような記憶もあるけれども、もちろん今回の舞囃子との比較などわかるはずもなく。そういえば平岩先生の短篇に『神楽師』っていうのもあったなぁ等と思いながらボーっと見ていただけ。

舞囃子「絃上」【宝生】 亀井雄二

大河ドラマで清盛をやっていた年に「清盛ツアー」で須磨を訪れた時、このお話ゆかりの「村上帝社」の前を通りました。

村上天皇の霊(シテ)と琵琶の名手藤原師長(ツレ)、若いアーティストの気負いとそれを受け止め育てようとする名人の交流がいいですね。今年生誕百年のバーンスタインを偲んで世界各地で弟子たちによるイベントが行われる事など連想します。
詞章では触れられてないと思いますが、藤原師長は非業の死をとげた悪左府頼長の長男。浮き沈みはあったようですが太政大臣も務め、琵琶の名手として名も残しているのはこの時代の人としては幸福な生涯だったか。
 
狂言「清水」【和泉】 シテ(太郎冠者):河野佑紀  アド(主):上杉啓太

能「善界」【観世】 シテ(山伏/善界坊):安藤貴康  ツレ(太郎坊):小早川泰輝
          ワキ(飯室の僧正):
御厨誠吾  
          ワキツレ(従僧):
野口能弘 殿田謙吉  
          アイ(能力):野村万之丞

開演前、隣の席のオジ(イ)サマ達が「この、唐から天狗がやってきて日本の仏法をやっつけようっていうのは、戦後中国を支配下におさめた共産党が、日本も引き入れようとやって来るのと同じだな。ツレの太郎坊っていうのは朝日新聞やNHKみたいなもんか。こういう作品を今やるっていうのは実に有意義だねえ」と盛り上がっているのを聞いて「はぁ~~そういう見かたもあるのか」と(@_@)でした。昨今、ごく普通に嫌中嫌韓的発言が聞かれるようになったなぁ(一昔前の、環境汚染こわいよね、やっぱり有機野菜のほうがいいのかな、みたいなノリで語られる・・・)とは感じていたのですが、能楽堂の中にもそうした空気が入っているのか。が、しかし、ギャラリーに行ってみると、これまでは解説プリントに英語バージョンはありましたが、今年から?中国語・韓国語バージョンも置かれている。思想国境を問わずお能の素晴らしさをアピールしようという能楽協会のやる気まんまんに拍手。
それと、オジサマ方に気づいてもらいたいのは、結局日本の神々にやられてしまい日本征服を果たせなかった善界坊のほうが主役なんですよね。もし、天狗(=左翼?)勢力から日本を守ろう!というテーマなら、善界坊をやっつけるワキの飯室僧正のほうがヒーローになってしかるべきなのでは・・・というか、お能ではだいたい、やっつけられる鬼とか悪霊のほうがシテに決まってる。紅葉狩も、土蜘蛛も、殺生石も、黒塚も、鉄輪も、鵺も・・・正義のヒーローがシテというのは田村くらい? 先のオジサマ的見方も、お能的には決して頭ごなしに否定はされないんでしょうが、とにかく奥の深いものだよなぁと思う。

国立能楽堂 青翔会6月
早いものでもう5月も終わりです。先月お知らせしましたように、ほぼ業務用ですがTwitterを始めました。Twitterは誰がフォロワーになるかわかりませんし、リツイートなどでフォロワー以外の目に触れることもあるので、Twitterではこのブログの事はわからないようにしています(会社の人々にも、ブログの存在は一切秘密です(^^ゞ)
しかし逆に、このブログに来て下さる数少ない方々は長い「かわせみ」ご常連のおなじみさんですから、ブログの横にTwitterを反映できれば、アカウントを持たない方にも見ていただけると思いつき、やってみました。無料ブログではダメかなと思ったのですが、画面に出るのに少し時間がかかりますが、ブログの左側に見えてますよ~と確認を頂いたので安心しました。

すっかり更新も放りっぱなしですが、アクセス解析を見ると毎日のように訪れて下さっている方も多いので、「今日もまた前と同じだなぁ」とガッカリさせてばかりだったのが、これで2~3日に一回は一言でも上積み出来たり、自分では書きこまなくても誰かの興味深い発言をリツイートして見てもらったり出来るのは良かったなぁと思います。
Twitterを通じて、これまであまり知らなかった分野の情報を取り込んだり、逆に業務関係に「かわせみ」関連情報を流したり(新八シリーズは街道そのものですし、かわせみにも結構、探せばいろいろご当地情報がありますのでアピールしなくては!)相互乗り入れを目指します♪

さて今月のお話は、『十三歳の仲人』所収の『成田詣での旅』を選んでみました。
これは好きなお話というよりは、なんとなく心に引っ掛かっている話かもしれません。
例の、お名前の読み方の質問がご本家掲示板に来たりしていた茶道の師匠、寂々斎楓月先生の喜寿の祝で、おるいさん・お千絵さんがご町内のご一行様で成田への旅に出る話です。といっても肝心の成田山新勝寺については、1ページの半分もない位にスルーされちゃってるんですがね(笑)
かわせみシリーズでは、これまでも旅先でのいろいろな事件の話はありましたが、今回は何もトラブルもなく、無事お詣りもすませます。そして、ちょっとした出来事がきっかけで、ご一行メンバーの深川の料理茶屋の主人新兵衛が女番頭のお篠と、慌しくも旅先で祝言を挙げるという運びになります。
このあたりまでは何となく、人情コメディか、落語みたいなオチがつくのかと思いつつ読み進む訳ですが、ラストに向かってはなかなか、重苦しいというか、苦い味の展開になってしまいます。殺人事件ではないのだけれど、事件ではないだけいっそう、かけ違ってしまった成り行きの後味悪さが際立ちます。
読む人によって、いろいろな側面から、いろいろな感想が出てくるだろうと思われる話ですね。

↓は、成田山よりも行数を割いて説明されている?道中一泊した船橋の「なんだか難しい名前のお宮」意富日神社(おおいじんじゃ)のHPからお借りしてきた、江戸名所図会の図です。現在は船橋大神宮とも呼ばれているらしい。

昔は泊りがけだった成田も船橋も、国際空港と首都を結ぶ「千葉都民」の街となり、船橋などは下手な東京23区内よりも、都心への通勤が便利なベッドタウンになっています。



ずっと前にHPの「かわせみ心模様」に書いたこともあるんですが、「出来る女の明暗」というジャンルが、かわせみシリーズの中にあって、このお話もその一つかな~という気がしています。
これまでに出てきた「出来る女」の両典型は『奥女中の死』の悲劇と『師走の客』のハッピーエンド、その対比が印象に強いのですが、この『成田詣での旅』のお篠さんはその中間くらいでしょうか。

お篠さんへの共感度・評価もかなり割れると思いますが、私は、彼女がいったい何を求め、誰を愛していたのかなぁと考えてしまいます。最もやりたかった事はやっぱり、自分の力で店を繁栄させたいという事業欲(?)だったのでしょうかね。
愛情に関しては、新兵衛旦那は全く役者不足・・・ハッキリ言って魅力は彼の「旦那という立場」だけだったと思われるし、弥七さんをひたすら待ちわびていたとも思えない。

もしかしたら彼女が最も愛したのは、一から仕事を教えてくれ、自分の才能を引き出してくれた先代の旦那だったのかもしれません。
しかし先代の旦那は、お篠の手腕を見込んで、女番頭というこの時代は珍しい地位(ふつう料理茶屋だったら、出来る奉公人といっても女ならば仲居頭ですよねぇ)につけたけれども、息子の嫁にしようとは考えなかった。能力は見込んでも、人格的に今ひとつ惚れこめない、冷やりとしたものを感じていたのかもしれませんね。

もし、先代の旦那がお篠の性格も能力も信頼していて、でも息子の嫁には出来ない(親類の反対が強いとか昔からの許嫁がいるとか)のであれば、男の奉公人で見どころのあるのを番頭として鍛え、お篠と夫婦にして実質的経営を任せたのでは・・・という気がするのです。お篠の手腕を利用すると同時に彼女のプライベートな幸福も保証してやる。それが最も将来の店の安泰につながると。出来る男の奉公人が全く一人もいなかった?っていうのも考えにくいです。

いずれにしても、お篠さんはちょっとやり過ぎでした。旅先の祝言も無理がありますし、小細工に頼っても、長い目で見たら良い事はひとつもないですもんね。
しかし、三十を出たばかりという年齢なら、まだまだやり直しはききます。
当時は今と違って四十代で初老といわれた時代(笑)といっても、おるいさんが千春ちゃんを産んだのは結構年がいってからですし、七十七歳で旅に出かける楓月先生だって平成の七十七歳をしのぐ元気ぶりです。

立ち直って明るい笑顔を見せてくれるお篠さんが、明治編のどこかで再登場しないかなぁと思う次第です。
かわせみ談話室  2018  5月
宝生能楽堂もすっかり御無沙汰している間に、いろいろと変化していた。
毎月の月並能と五雲会のほかに、「夜能」という新企画ができていて、最終週金曜日の夜に、お能一番と仕舞それに尺八や長唄など、全自由席で¥3000。いいですね~~プレミアムフライデー企画か?
ロビーに最近の舞台写真が貼ってあるのはいつも通りだが、その横にシテ演者の小さい写真が貼られるようになったのも嬉しい。私のお習字の先生がいつもチケットを下さる若手書家の展示会も、作品の横に作者写真と「作品についての一言」が添えられているのでいつも楽しみにしている。お能もお習字も永遠の初心者で難しい事は分らなくても、アーティストの肉声が伝わってくる感じがいい。

能「箙」 シテ(男/梶原源太景季):藤井秋雅
     ワキ(旅僧):館田善博  ワキツレ(従僧)大日方寛 梅村昌功
     アイ(所の者):山本則秀

勝修羅三番「田村」「屋島」「箙」これでようやく全部見たことになる。
前シテは直面、後シテは紅梅を背に平太の面、演ずる藤井秋雅さんは平成生まれで若武者にぴったり。
昨年1月のNHKテレビ「忠臣蔵の恋」でメイキング番組があって、大奥女中の衣装の刺繍の中にも箙と梅があると聞いてへぇ~と思ったのを思い出した。

能「雲雀山」 シテ(侍従):水上優    子方(中将姫):水上嘉
       ワキ(右大臣豊成):御厨誠吾
       ワキツレ(豊成の臣下):高井松男 坂苗融 則久英志
       アイ(狩人):山本則俊 山本泰太郎 若松隆

水上父子共演、子方は弟の嘉くんのほうだがちょっと見ない間に大きくなってた。「雲雀山」は二度目で、最初見た観世流の雲雀山の中将姫は武田章志くんだった。
前の席のオバサマも子方追っかけのファンらしく、「お兄ちゃんの達くんは今年中学二年なのよ~」とか隣の席の人に熱心に説明していた。


能「石橋」 シテ(獅子):辰巳大二郎
      ツレ(童子):今井基
      ワキ(寂昭法師=大江定基):工藤和哉

例の平岩弓枝作品の題材(2017.1.30記事)になったもの。三度目の「石橋」で、最初に見た観世流は半能で赤頭・白頭二頭の獅子の連舞だった。二度目も今回も宝生流で、宝生では童子と獅子が前シテ・後シテではなく、シテとツレになり、アイが出ない。そして獅子も一頭だけなので、ちょっと地味な感じもするのだが、シンプルな良さがあるかも。

狂言「呼声」 山本則重 山本則秀 山本泰太郎
五雲会五月(宝生能楽堂)
桜も終わり、早くも季節は春から初夏へ。
この季節のお話というと、やっぱり『江戸の子守唄』ですね~
かわせみ物語全体がギュっと濃縮されたような名作です。
「はいくりんぐ」のお題になったときも、非常に盛り上がりました(七重ちゃん泣かないで!宗太郎さんがそこまで来ていますよ!!というエールが谺しておりました♪)し、これまでの掲示板でも何度となく話題になってきたので、東吾さん・おるいさん・七重さんの心模様や、ストーリー展開の妙については今さら触れる必要もないでしょう。

平岩先生はいくつかのエッセイで「かわせみ物語がこんなに長期化して、明治編まで突入せざるをえなくなってしまったのは、うっかり源太郎を誕生させてしまい、子供の成長に合せて時を進めなければならなくなったため」と書いておられ、その通りだろうとは思いますが、その前の段階での、「プレ長期化きっかけ作品」みたいなものとして、この『江戸の子守唄』もあるのじゃないかな~という気がします。
七重さんというキャラがここでハッキリ出てきていること。七重さんが単なるヒロインの引き立て役・敵役ではなく、おるいさんとは違うけれども、また別の魅力的な女性としてレギュラー入り、そしてそんな七重さんが不幸になってはならないと、後に宗太郎さんも登場(「やっぱり医者が一人いると何かと便利だし」という理由もあったそうです:笑)だんだん、群像劇として拡大されていった訳ですね。
もっとも、この時点では、作者のゴールは、二人の晴れて祝言あたりだったと思います。「もしかして明治以降も続くのでは」という、作者にとっても読者にとっても最初は冗談だったであろう話が現実になりました。まさに、小説の登場人物って作者の手を離れて活躍するのだなという経緯を読者は目の当たりにすることができたわけですね。

『江戸の子守唄』では、おるいさんのお買いものシーンも見どころの一つ。ここでお文ちゃんの身元が判明して、事件が急展開、解決に向かうわけですが、おるいさん達が訪れた「尾張町の蛭子屋」私の文庫版(1991年、20刷)では「ひるこや」とルビがふってあります。実在の店だったのだろうかと調べてみると、どうも「蛭子屋」と書いて「ゑびす屋」と読む店があったようです。
松坂屋のHP店の歴史を解説した「松坂屋「ひと・こと・もの」語り」のページで、八代将軍吉宗と幼馴染だった大坂の商人が、吉宗から贈られた蛭子(ゑびす)像にちなんでゑびす屋呉服店を開業、その後江戸にも進出して尾張町に店を出したとあり、蛭子像の写真も載っています。明治になってこの蛭子屋は松坂屋に吸収合併されたのだそうです。

広重の「名所江戸百景」には、大伝馬町の木綿店・駿河町の越後屋・下谷広小路の松坂屋・日本橋通町の白木屋などが描かれていますが、尾張町は、江戸百景ではなく、初期の作品「東都名所」のほうにありますね。(東都尾張町繁栄之図)
この図では「恵美壽屋」となっていて、恵比寿神を描いた暖簾が見えます。



このお話で事件解決の手がかりになる「紅花」には、作者の思い入れがあったようで、はやぶさ新八シリーズの奥州編でも「紅花染め秘帳」として登場しています。
登場人物も多く、入り組んだ人間関係がややこしくて、なかなか頭に入らないのですが、天領として代官支配を受けたり大名の藩となったりした山形の複雑な歴史的背景、産業にからむ幕閣・藩・商人の思惑などスケールの大きな、本来ならば御用旅シリーズ中でも最長編になりそうなところ、文庫200ページほどで、なんだかススス~と終わってしまったような、ちょっと物足りない印象です。誰か実力のある脚本家が、細部をじっくりねっちり膨らませて、NHK=BSとかで半年くらいかけて映像化しないかな~(もっともNHKさんも最近、経費節減のためか、有名作家+実力派脚本家っていう昔の大河ドラマパターンはいっこうにやろうとしませんね。オリジナル脚本ばっかり。)

紅花といえば、先月亡くなられた内田康夫さんの浅見シリーズにも『紅藍(くれない)の女殺人事件』という、紅花の名産地山形県河北町を舞台にした作品があります。「花いちもんめ」の童歌の「花」が実は紅花で、花一匁が金一匁といわれる高級品だった・・・
これはフジテレビの中村俊介@浅見バージョンで大河内奈々子・江波杏子・峰岸徹出演で映像化されているようですが、沢村一樹バージョンはないのかな?

最近では関東地方でも、桶川などで紅花を見ることができますが、やはり本家山形のは違うのでしょうか。一度見てみたいものです。

かわせみ談話室 2018 4月
厳密に言うと、これまでは非公開アカウントで、たまに知り合いのツイートをパソコンから覗くだけというROM(死語?)でしたが、業務上の都合で発信も始めたというわけです。

https://twitter.com/sfurro

街道マップという地味な分野ながら、そこそこ固定ファンは(感謝感謝)いて下さる我が社ですが、このご時世、もっともっとSNS発信でアピールしなきゃダメだよ~~と、前々から皆から言われていたのです。新聞広告などと違って、おカネをかけずに出来ますからね。しかし、お金がいらないぶん、こういうのってホント、マメじゃないと出来ないよな~と痛感しています。

それで、とにかく忙しくて時間のない社長と社員だけでなく、パートの私もやらざるを得なくなって、最初、アカウントを「風人社(ぱ)」にしていました。たまに社員(こ)のツイートで「パートさん」として登場していたので、パートの(ぱ)、私としては個人名でなく官職名(?)のつもりで、勤務を辞めた暁には、後任者に(ぱ)アカウントも譲ればいいと思っていたのです。
ところが、社長と社員が(し)にしろと圧力。その上、サイトの業務報告で「歴女スタッフ(し)」などと社員が口走る、いや指走ったりする始末(やめてくれ~~~)要するに会社を辞めても、一読者ファンとしてツイートは永久に続けてもらうかんね、という話ですかこれは(怖)

まぁともかく、やってみると決して悪いことではありません。何しろ日々の記憶、どこに行ったか誰と会ったか何を見て何を思ったか、本当に「あっちゅ~~間!!!」に消え去っていくこの頃、ちょこっとメモする感覚で記録を残しておけるのは、日記やブログなどよりも手軽なツールです。
このブログも、掲示板代りというつもりで始めたものの、すっかり更新も怠けていて全然、掲示板の役割を果たせていない。むしろツイッターのほうが掲示板に近いかな、という気もしています。掲示板と違って、ネットでアクセスするだけでなく、アカウント取得していただかないといけない、という手間はあるのですが・・・

それと、全国各地(もし英語でツイートすれば世界各地?)の人たちとの、思いがけない交流が広がっていくこと。これは本当に驚いています。街道マップ作成準備のため現地調査に赴く社員たちがお土産に買ってきてくれるお菓子の写真など載せると、ご当地の観光協会の方とか、その地の出身の方とか、全く見知らぬ方々が返信や「いいね」して下さいます。私のフォロワーの数は超少ないので、キーワード検索か何かから見つけるんですかね。
作家の伊東潤さんから返信が来たときは、本当にひっくり返るくらい驚きました。大山街道の長津田に、大河ドラマ真田丸に登場した板部岡江雪斎(「相棒」の「ヒマか?」課長、山西惇さんが演じていた)の子孫、旗本岡部家の菩提寺があるので、社員とのツイートで伊東潤さんの「江雪左文字」という短篇のことにちょっと触れたら即返事が・・・文字数制限もあるしまさか本人が見てると思わないから呼び捨てで文章も途中で切れてたし(滝汗)

この年齢になって、そのような刺激的な体験が出来るとは思いませんでしたが、まだまだちゃんと使い方もわからないままにやっているので恐ろしくもありますが、とりあえずのミッション(?)としては、「お能と街道」という、今のところほとんど開拓されていないと思われる分野(お能、街道、それぞれのテーマでは、非常に多数のツイートがされていますが)でシリーズ的にツイートしていければいいなと思っています。

それにしても、便利さ、楽しさの半面、こうしたツイートのデータっていうのも、どこかに集められて分析されているのかと思うとちょっと恐ろしいですね。誰がいつどんなことを発信したかだけでなく、どんな発言に「いいね」をしたかなんていうのも、全部記録されていて、芋づる式に辿れちゃうわけですからね。
私のツイッターも基本的に「業務用」という縛りの中にあって個人的なことは極力触れないようにしているし、リツイートや「いいね」も、一呼吸置いてやるように意識はしています。フォローも極力増やさず(だって読まなくちゃならないツイートが増えすぎると時間がいくらあっても足りない)、必要な時にそのアカウントを覗くようにしていますが、慣れるにしたがってユルくなったり、気をつけていても個人情報が浸み出していく可能性は大きいと思います。気をつけよう!
かわせみのご常連の方々はあまりツイッターはやっておられないと思いますし、無理にお薦めする気はありませんが、もし既にアカウントをお持ちで、ご興味がおありでしたら、ぜひアクセスしてみて下さい。団塊世代ならではのツイッターの使い方なども探っていければと思います。


Twitter始めました

◆さて今日は、この前のお散歩でちょっと話の出た蛇崩川緑道を歩きます。蛇崩川は昔、目黒川と合流していた川で、私たちは今、目黒川にいるんだけど、この花見日和とあって人・人・人でもう大変!!

◇おたま姐さんどこにいるのかなぁ~?? あっ、ようやく見つけた! 

おたま:まぁ予想はしていたけど、大変な混雑ぶりだねぇ~。

◆目黒川は「かわせみ」シリーズでもよく出てきたところだよね。江戸時代は閑静な郊外だったみたいだけど。

◇あたしたち中目黒駅から来たんだけど、なんと駅での待ち合わせ禁止!だったのよぉ~~駅員さんとかガードマンが、立ち止まらないで!あっち行けあっち~~って、一刻も早く駅周辺から人の群れを追い払おうとやっきになってた。

◆外国人もいっぱい、人種も国籍もいろんな人たちが集まってるね~

おたま:ここが
目黒川と蛇崩川の合流地点、日の出橋と宝来橋の間。蛇崩川のほうは今はもう、全部暗渠になってしまっているけどね。


紅葉橋っていうのもあるけど、これは蛇崩川のほうの橋かな。

おたま:そう、紅葉橋は蛇崩川が目黒川に合流する前の最後の橋だね。


◇そういえば、目黒川って、二級河川なの? もっと小さな川で一級河川のが結構あるみたいだけど。

おたま:一級河川と二級河川の違いっていうのは、長さや広さじゃなくて、なんか「重要度」みたいなもんらしいよ。国が管理してるのが一級河川で、都道府県が管理してるのが二級河川とか聞いたことがある。

◆重要な川?って何だろう。今は江戸時代と違って、川も交通網じゃないしね~。

◇今、スマホで調べた。国民の命や財産、経済的な影響が大きい川の中で国土交通大臣が指定したものが一級、それ以外の川のなかから都道府県知事が指定したものが二級なんだって。この一級二級は、一つずつの川じゃなくて支流も全て含んだ「水系」なので、一つの水系内で一級と二級が混ざることはないらしい。

おたま:多摩川や利根川みたいな大きな川に続いていれば、支流の支流の小さな川でも一級ってことなんだね。

◇目黒川が海に流れこむ前に、野川みたいに多摩川と合流してれば、目黒川も一級だったわけだ。

◆二級っていうより、インディー系河川って呼んでほしいよね。

おたま:目黒川沿いにも、いろいろな見どころがあるんだけど、花時が終わってからゆっくり来たほうがいいね。花見は蛇崩川緑道のほうですることにして、まずは緑道の入口にある「みどりの散歩道」説明板でざっと「蛇崩川の基礎知識」を。



◆あ、また中目黒駅前に戻ってきたね。山手通りを渡って、東横線の線路に沿って路地が伸びている。

おたま:この
左手が目黒銀座商店街で、ここはその裏になっているんだね。


◇ビルの一階が保育園になっているね。保育園の前に児童公園。あれ、奥になんか神社みたいなのがあるのかな?

おたま: 商店街側が入口になっている目黒銀座観音だよ。



おたま:ここは馬頭観音を祀った小さな神社だけど、このあたり、明治大正時代は小さな乳牛牧場とか、馬で荷物を運ぶ運送業とかが多くて「目黒恵比寿畜舎運送組合」ってのが作られて、そこが武州上岡(今の東村山市)から勧請したんだって。

◆そういえば、かわせみ明治編にも、東京のあちこちに牧場が出来て牛乳を売っているっていうのがあったよね。

◇そうそう、青山の牧場だっけ? それが敵討ちの手がかりになるんだった。

おたま:馬の運送業っていうのも、もともと目黒と世田谷の境のあたりは駒留・駒繋神社なんかがあるように、馬の通り道があって発展してきたからだろうね。

◆あれ、なんか甘~い匂いがしてくる。パン屋さんとかあるのかな?

◇「キャンディーランド」? 飴屋さんだったのか! そういえば『稲荷橋の飴屋』っていう話がかわせみにもあったね。あのタンクで飴の材料を煮てるのかな~



◆こんどは石鹸の匂いだ。ああ、クリーニング屋さんか。なになに「ドライクリーニングではないクリーニング」昔ながらの洗濯屋さん?

◇目黒って目黒不動くらいしか知らなかったけど、なんか面白い~
おたま:ここから、東横線線路の向こう側に続くんだよ。ガードをくぐって行こう。

◆わ~緑道らしい道になってきた! 桜並木も満開だね。



◇こっちは目黒川と違って人もあんまりいない。これも桜? 濃いピンクのとか、色とりどりで綺麗だな~

◆蛇崩川緑道はずっと石畳の道が続いているんだね。烏山川緑道や北沢川緑道は、流れを少し残していたけど。



また蛇崩川の説明板があった。佐藤佐太郎っていう歌人がこの辺に住んでいて、蛇崩川のことをよく歌に詠んでいたんだって。


◆斎藤茂吉のお弟子さんなんだね。

おたま:世田谷区と目黒区の境に着いたよ。この左にちょっと行くと、例の頼朝の馬を祀った葦毛塚があるから、見てみよう。



◆ここから世田谷区の緑道? また桜並木がいいなぁ。世田谷区のほうがちょっと幹が太いかな? 古い樹が多いのかな。



おたま:児童公園の向こうに赤い橋が見えてきたでしょ。あれが駒繋神社。

◇駒留神社と間違えやすい、こっちが駒繋神社だ~

◆ちょっと小高くなっていて、緑も多いね。



おたま:ここの神様は、八幡様じゃなくって、子(ね)の神=大国主命(オオナムチ)なんだよね。「陸稲もち米」の碑もあるのは、米作りが国作りの基本だからかな。



◆となりの中学校は駒繋中学じゃなくて駒留中学? また間違えそうだよ。

◇裏が「子の神公園」なんだね。

おたま:少し先に「子の神橋」もあるよ。さて、蛇崩川緑道は、この先もずっと環七のほうへ続くけど、花見どころは大体歩いたから、三軒茶屋まで行ったら駅前に出てお茶して帰ろうか。

◇◆さんせ~~い!!

おたま:三軒茶屋に近くなると、緑が少なくなって建物と建物の間の路地のような道が続いているよ。

◆おたま姐さん、三軒茶屋のお薦めスイーツ処ってどこ?

おたま:知らな~い。適当にどこか見つかったところに入ろうよ。

◇ええっ、てっきりお薦めのところがいろいろあると思ったのに~



おたま:そんな、オシャレなカフェみたいなのは、あんた達のほうがよっぽど鼻がきくでしょ。それより、三軒茶屋の駅前に出たら、見忘れちゃいけないのが地下鉄駅入口の脇にある大山道標! 世田谷区内の大山道の中では一番立派なやつだからね。

◇あ、これかぁ。正面に大きく「大山道」って書いてあるからわかりやすいね。「此の方、二子道」今は田園都市線で、急行なら三軒茶屋から二子玉川は次の停車駅だよね。

おたま:こっち側は「右 富士・世田谷・登戸道」、文化九年の道標だよ。建てられたのはもっと前みたいだけど、文化九年に再建したんだね。

◆さぁ、道標も拝んだことだし、どこかいいスイーツ処はないかなぁ…

◇あっ、あれはどう? 「パンケーキママカフェ」だって。季節限定「桜と塩生クリームのパンケーキ」私これにする!

◆いいね!私は「自家製ハニーレモンアイス添えのレモンパンケーキ」!



おたま:それじゃあたしは、一番シンプルな定番のプレーンパンケーキを。

◆さすが江戸っ子おたま姐さん、そば屋ではモリ、スタバでも「本日のブレンド」しか頼まないもんね。

◇おかめ五目だの、キャラメルマキアートだの頼むのは田舎もん、わかってるけど注文しちゃう(^^ゞ

おたま:単に金がないだけって話もあるけど(^◇^)

◆目黒川の花見は一瞬で終えて、ゆっくり緑道を歩きながら、桜だけじゃないいろんなお花見ができたし、駒繋神社や葦毛塚も見られていいお散歩だった~

◇人の行く裏に道あり花の山、っていうんだよね。おたま姐さん、来年も人混みのない隠れお花見スポットを紹介してね!

おたま:裏に道あり花の山っていうのは、株の売り買いの話じゃないのかい? カネに縁のないあたしには関係ない話だねぇ。まぁ、花より団子、花よりパンケーキ、っていうオチはよくわかるけどね!
蛇崩川緑道と駒繋神社
この時期は特に何もなくても年度末で慌しいですが、今年の3月は本当にいろいろな事がありましたね。政局も天候も大荒れな中、パラリンピック選手たちの活躍は、オリンピックに続き大きな感動を呼びました。障碍のあるなしと運動神経は、全く別物だということをつくづく感じました。

個人的に大変悲しく思ったのは、13日に作家の内田康夫さんが亡くなられたことでした。病気療養のため執筆中の浅見シリーズ作品を作者自身が完結させるのが難しく、ファンクラブの合作による完結編を準備中というニュースを聞いて心配していたのですが・・・浅見光彦と兄の刑事局長兄弟が、通之進様と東吾さん兄弟に共通するイメージもあって、かわせみファンで同時に内田ファンという方も多かったですよね。浅見や信濃コロンボなどの人気連作シリーズ以外の初期作品にも力作がありました。
弱小出版社勤務の私としては、内田さんが自費出版の作品でデビューされたということも、非常に親しみを感じていました(もちろん、いつの日か内田作品やハリー・ポッターや、うんこドリルのような、誰もまだ知らないお宝作品が突然我が社に持ち込まれ、空前の大ヒットとなって社屋一新・給与倍増・・・を夢見ているわけです)。
朝日新聞24日の文化文芸欄に、赤川次郎さんが書いていた追悼記事がとても良かったです! 多大な読者に愛され出版界に大きな貢献をしながら文学賞とは無縁のミステリー作家の同輩として、「大人の美学をサラリと貫いた」作家であったと賛辞を贈っておられました。赤川さんの所に来た女性読者からの手紙に「私はこれから内田康夫さんの作品を読むことにしましたので、先生の作品は卒業させていただきます」と書かれていたというエピソードも大笑いでしたが、確かに中学高校生時代に赤川作品を愛読し、大人になって内田作品のファンに移行するという層も厚いかもしれません。

さて今月は我が弱小出版社も春を迎えて「ホントに歩く中山道」の刊行開始となりました。東海道ウォークマップに続き「今度は中山道を是非」という声が前々からあったのにお応えして、東海道五十三次と京街道(五十七次)・佐屋街道・姫街道までがようやく完了して、中山道シリーズを始めることになったわけですが、調査・編集・印刷コストと売れ行きを較べてみれば、社屋一新給与倍増には程遠いのは一目瞭然(泣)ですけれども一同頑張っております。


この中山道シリーズは、東海道シリーズとは逆に、西から東、つまり京都三条大橋から日本橋をめざす作りになっているのが他社マップと違う所です。東海道で京へ上り、帰りを中山道でというコンセプトで、これは偶然ですが、平岩先生の隼新八シリーズの東海道・中山道と同じです。改めてこの二作を読み返し、街道初心者にうってつけの作品だなぁと思いました。


かわせみシリーズには、「春」のつく作品は多数ありますが、「春」が「初春」のことを指しているものも多いですね。
その中で『春風の殺人』という、明治編の作品は、まさに今の時期にぴったりで、江戸から東京になった首都の花の名所がいろいろと出てきます。


↑は、三代広重の「東京名所第一の勝景・墨水堤花盛の図」ですが、冒頭に登場する麻太郎・源太郎の周囲も、こんな感じだったのでしょうか。
もっとも、バーンズ先生と同じく花より団子のほうな私は、物語の中に出てくる「泉谷」という料理屋が気になって、どこかモデルの店があるのかなぁ等と思ったのですがよくわかりません。京都には「泉仙」という「鉄鉢精進料理」で有名なお店があり、その系統で「泉◎」という料理屋もいくつかあるみたいですけどね。

『春風の殺人』は、タイトルから連想されるような加害者vs被害者という殺人事件ではないのですが、誰ひとり幸せにならない非常に苦い後味の作品です。背景が春爛漫、満開の桜景色であるだけ一層、周囲の利己主義と興味本位な世間の目に振り回されて死に追いやられる芸者の哀れさが際立ちます。昔捨てた子を探す親、候補者が二人いてどちらが本当の子か、というようなストーリーは、江戸編にもいくつかありましたが、いずれもハッピーエンドには至らなくても、もう少し情感のある、救われる終わり方でしたよね。
このお話で一つ気になるのは、死んだ八重丸に対して、梅千代のほうがよくわからないまま終わってしまっていることです。もしかして、本当の娘は梅千代のほうだったのか? 彼女の真意は何だったのか、最後にもう一度登場させてほしかった気がします。
前にも書きましたが、明治編になってから人生の苦さ・不条理さが色濃くなっているようで、作者の意図的なものか無意識のうちかはわからないのですが、これもその典型的な一つだと思います。
かわせみ談話室 2018 3月
先日の芥川賞・直木賞が、どちらも宮沢賢治関連だったことなどもあって、岩手の南部・遠野が注目を浴びている昨今。ず~っと前の「はいくりんぐ現場検証」で、「津軽vs南部」をちょっと話題にしたことがあった。確か、おるいさんの親戚が津軽にいる(1月の談話室で取り上げた『初春夢づくし』に登場)ことがきっかけで、尾張vs三河もそうだけれど、隣り合っているのに文化的には真逆な傾向のある二つの地域、というのに興味を惹かれていて、太宰治や棟方志功で有名な津軽に比べて今いち地味(?)な南部地方について少し学習したい、という気持ちをずっと持ちながら、なかなか実現できないでいたのだった。
それと同時に、大河ドラマで一挙に知名度を上げた井伊直虎に限らず、この時代実質的に女城主の役割を果たしていた女性はもっといたんじゃないか、そういう女性たちについても知りたいと思っていたところ、この二つの問いに同時に応えてくれる本がみつかった。これはもう読まねば。


『かたづの!』の作者、中島京子さんは映画化もされた『小さいおうち』での直木賞をはじめ、泉鏡花文学賞・中央公論文芸賞など、数々の文学賞受賞を誇る作家だが、小説すばる連載後2014年に出版されたこの『かたづの!』も、第三回河合隼雄物語賞・第四回歴史時代作家クラブ賞・第二八回柴田錬三郎賞を一気に受章したすごい作品である。
ヒロインは三戸に拠点を置いた南部家の支流、根城南部(八戸)氏の第21代当主清心尼で、夫であった20代当主南部直政の死後、江戸幕府より正式に女城主の座を認められた。江戸開府から大坂の陣が始まるまでの出来事で、戦国時代には実質的なものを含めればかなり存在したと思われる女大名・女城主に対し、江戸時代の女城主はこの清心尼が唯一だということだ。
家中の男子が次々と亡くなり、風前の灯となった家の存続のため女の身での城主という形で時を稼ぎ、できる限り戦を避けて血脈を繋ぎ、一家の生活を支えていくために苦労するという展開は、井伊直虎の物語と共通点が多い。直虎にも「井戸」というファンタジー要素がちょっとあったけれども、この物語では、最終的に家が遠野に移るということもあり、民話に出てくるようないろいろな動物や鳥・蛇などが登場して人間と交流する。ファンタジー好きはハマるに違いない。
タイトルの「かたづの」もそのうちの一つで、片角(一本角)の羚羊、「黒地花卉群羚羊模様絞繍小袖」という衣装にその刺繍がされており、今も南部の宝物館にあって数年前東京でも展示されたという。

『かたづの』の中でもちょっと触れられているが、南部一族の中に九戸政実という武将がおり、先日のNHK=BS「英雄たちの選択」に取り上げられていた。
もともと、南部について情報を得るのならこの人、とチェックしていた、高橋克彦さんが『天を衝く』という小説で、この九戸政実を書いており、高橋さんが登場するかと期待していたが、番組に登場していたのは、安部龍太郎さんのほうだった。この人も『冬を待つ城』という作品で、政実を書いており、こちらのほうが10年以上新しいためかもしれない。こちらはまだ読んでいない。
『天を衝く』のサブタイトルは「秀吉に喧嘩を売った男・九戸政実」というもので、NHKの番組もだいたいそういった趣旨であり、それに九戸党の本拠となった「山城」というテーマが加わったものだった。九戸政実は「歴史好きな人でも、この人を知っている人はそうそうはいないですよね」と磯田道史センセイも放送でおっしゃっていたように、かなりマイナー(南部藩という存在じたいもかなりマイナーだけど)であるが、男性の血を沸かせる何かがあるとみえて、高橋・安部両氏のほかにも、けっこう取り上げている男性作家は多いようだ。
あくまでも秀吉に対抗し、反乱者として処刑される九戸政実と反対に、秀吉に恭順政策をとり小田原攻めにも参加した宗家の南部信直は、政実の引き立て役になってしまっているが、『かたづの!』の中では、信直の嫡子利直が、分家を圧迫する宗家としての敵役になっている。同じ家中ではあるが、「直虎」での、今川家と井伊家のような関係になっていて、ヒロインの夫や幼い息子の死の陰で暗躍したように描かれている。
ヒロイン清心尼は南部信直の孫(娘の娘)であり、祖父信直については、家中の反乱を押えて南部家を存続させた功労者として描かれているが、叔父姪の間柄になる利直のほうは終始、主人公グループとは敵対することになる。しかし九戸政実と違って、表だった闘争は起こさず、遠野へ追いやられる結果になっても、辛抱の末に実質的な勝利を得ることを示唆したエンディングとなっている。終盤、死んで金の蛇に姿を変えた叔父利直と、ヒロインとのやりとりは圧巻である。
引き立て役・敵役の南部信直⇒利直系も、この人々がいなければ南部家は存続しなかったわけだし、こちらの視点からの物語も読んでみたいものである。
直虎だけじゃなかった「女城主」